ブエノスアイレスの真夜中。
妖精とも妖怪ともつかぬ存在・ドゥエンデ(=“抗いがたい魅力”)の不思議な力によってマリアの「イメージ」と「声」が呼び寄せられる。
応えるようにマリアが目覚めると、彼女の成長の記憶がまたたく間に紡がれてゆく。
マリアは“神様が泥酔した日に生まれた”とされ、7日間で大人の姿に成長した。
田舎を離れ都会へ向かおうとするマリアに、吟遊詩人の象徴【夢見る雀のポルテーニョ】は「自分の声が永遠に響き続けるだろう」と告げる。
やがてマリアは生まれた地区を離れ、ブエノスアイレスの夜をさまようが、やがてバンドネオンに堕落させられ暗い人生に転向し、ついには命を落としてしまう。
しかし、その魂は影となって街をさまよい続け、ついには、処女でありながら身ごもり、クリスマスに女の子を出産する。
これは終わりなのか、それともすべての始まりなのか。
マリアの物語は、かすかな明日への希望と、この先も続いてゆくであろう苦難の道のりを暗示して幕を閉じる。
Introduction「ブエノスアイレスのマリア」について

『ブエノスアイレスのマリア』は、タンゴの革命児アストル・ピアソラが極度のスランプに陥っていた時期に、ウルグアイ出身の詩人オラシオ・フェレールとともに創り上げたオペリータ(造語で“小さなオペラ”の意)だ。この作品によってピアソラは見事に創作の壁を突破し、後年“最高傑作”のひとつとして語り継がれることになる。
1968年のブエノスアイレス初演は、5月8日から8月末まで上演されたにもかかわらず興行的には赤字となり、ピアソラが自ら愛車を売って出演者のギャラを支払ったという逸話が残っている。しかしながら、興行収支とは裏腹に、この作品はピアソラの芸術家としての地位を揺るぎないものにした重要な転機でもあった。
そして2021年、ピアソラ生誕100周年のクリスマス。
東京都の座・高円寺2で、柴田奈穂率いるタンゴケリードがKaZZma(カズマ)や西村秀人らを中心に、アジア圏で初めてオペラ形式で《歌劇「ブエノスアイレスのマリア」》を上演。飯塚励生氏による演出と、世界チャンピオン鍬本知津子率いるエフェクトタンゴチームのパフォーマンスが重なり、満席の客席は総立ちとなり、拍手が鳴り止まない伝説的な公演となった。
この舞台ではオラシオ・フェレールの詩の新訳を西村秀人が担当。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」でも「この年のオペラ、ミュージカルの中で一番良かった」と紹介され、字幕付きの高品質配信は大きな反響を呼ぶなど、多方面で高い評価を得た。さらに後日リリースされたライブCDも話題となっている。
その後、プロデューサーであるバイオリニスト柴田奈穂は、この作品の魅力を「もっと多くの人々に届けたい」と継続上演を表明。2023年には同メンバーによるコンサート形式の東京公演を開催し、作品の深化を続けてきた。
そして2026年。
ピアソラ芸術の頂点ともいえる本作が、ついに関西へ初上陸する。
古典から現代までタンゴを深く知るミュージシャンや研究家が集結し、より作品の核心へ迫る“劇場型コンサート”として上演される。今回はこれまでのマリア役小島りち子から世代交代し、新たなマリア役に、宝塚歌劇団出身でアルゼンチンダンスでも受賞歴をもつ城妃美伶を迎える。城妃の新しい光を宿したマリア像にぜひ期待してほしい。
その時、劇場には
場末のブエノスアイレスの匂い、光と影、そしてタンゴの魂が甦るだろう。
Story物語
Explanation作品解説
この作品の主人公のマリアは、タンゴそのものを擬人化した存在である。また、聖書におけるキリストの受難や復活をなぞらえ、キリストを女性のマリアに置き換えることで、タンゴの背負ってきた運命そのものを暗示しており、歌詞の中にも象徴的に現れる“マリアが背負う2つの十字架”とは、【これまでのタンゴ】と【これからのタンゴ】を表している。
この作品が発表された1968年当時、タンゴはテレビの普及やビートルズの台頭などにより、まさしく存続をかけた受難の時代にあった。
『ブエノスアイレスのマリア』は、タンゴの歩んできた道のりと、これからの未来を、聖書の創世記・受難と復活・生誕の物語と重ね合わせて描く音楽劇なのだ。
・「女の子が生まれたから」と言って泣きながら去る天使
・ ベッドの役割を果たす飼い葉桶すらない屋上での出産
など、聖書におけるキリストとの明確な対比が作品中に登場する。
そこには、神に愛された救世主とは対照的な、場末の悲しみと孤独を背負った“タンゴ=マリア”の姿が浮かび上がる。
この作品には、当時のピアソラとフェレールの「タンゴよ、生き続けよ」という切なる祈りが込められているのではないだろうか。
